2015年8月17日月曜日

進者往生、退者無間 ~身延線沿線を歩く②~

0844、甲府駅で特急「ふじかわ4号」に乗り、身延に向かう。

身延での目的地は、もちろん日蓮宗総本山・久遠寺である。

日蓮は、鎌倉時代、「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と他の宗派を激しく攻撃しながら、『立正安国論』で法華信仰を受容しなければ国難が到来すると予言した。その予言は、蒙古襲来により的中することになる。私は、空也→法然→一遍と続く念仏信仰に共感する方なのだが。2015年8月15日、この国にとってまさに有史以来の未曾有の「国難」(という表現は一方的で不適切とは思うけど)の終結が昭和天皇によって国民に発表されて70年。巷では「安保法制通らないと国難来ちゃうよ」などという言説が飛び交う中、はたして日蓮ならどう思うだろうか、といったことに思いをめぐらそうと思った。

旅に出るときには、その「予習」として、吉川弘文館の『国史大辞典』などを紐解くようにしている。で、「久遠寺」を調べて驚いたのだが、次の項目が「クオン=デ」であった。

クオン=デはベトナム最後の王朝である阮朝の正統な血をひく王族で、フランスからの独立と立憲君主制の樹立を目指してファン=ボイ=チャウが組織した「維新会」のメンバーとなった。「立憲君主」とは、もちろんクオン=デを念頭に置いていた。1906年、反仏運動の支援を求めて日本に密入国。翌年、日仏協約で両国の関係が強化されると日本を脱出して各地を漂泊するが、16年に再び日本に戻る。しかし、ファンが上海で仏官憲に逮捕された後は全く孤立し、わずかに犬養毅らの援助によって生きながらえた。第二次大戦後、故国に帰ろうとしたが果たせず、1951年、荻窪で69歳の最期を孤独に迎えた。

僕がこの忘れられた王族のことをなぜ知っているかというと、森達也の『クォン・デ もう一人のラスト・エンペラー』を読んでいたからだ。


森が、今まで自分が書いてきた中で、最も読んでほしい本、と表現し、しばらく絶版だったが、昨年再版された。で、いつもそうなんだけど、今回の旅にも、これを含めて5冊も本を持ってきてしまった。鞄が重いのなんのって。絶対に読めないでしょうが。わかってはいるのだが。なんでだろう?我ながら不思議。


0935、身延駅着。


駅前を三大急流の一つ、富士川が流れている。駅から久遠寺までは5.3km。さすがにバスを使った方がよい。


さすがに700年以上の歴史を持ち、かつ一宗派の総本山だけに、しっかりとした門前町が形成されている。とくにバス停前にあるこのカレー屋さんは興味を惹いた。



三門。めちゃくちゃでかい!



そしてこの石段!まさかこれほどとは……。リサーチ不足でした。本堂まで287段。「南無妙法蓮華経」の7字になぞらえ、7区画に分けられており、登り切れば涅槃に達するという。実はこの石段を登らずとも、本堂に至る坂道がこれと交わりながら延びている。また、別に斜行エレベータもある。私は、途中から坂道に切り換えた。身体自体が100kgを超えるんだけど、さらに本の詰まった鞄が重すぎた。ただ、この坂道もけっこうな急坂でなかなか厳しい。途中で法華経のご加護を期待して鞄を放棄し、所々にあるベンチ(これがありがたい!)に寝そべって体力を回復させたりした。風が心地よく、蝉の鳴き声が染みた。


で、本堂着。これがまた立派。


脇に立つ五重塔は2009年再建の新しいもので、全国で4番目の高さという。


ここまで苦労して上って賽銭まで取られるのかよ!南無阿弥陀仏と唱えちゃうぞ。

身延山ロープウェイで山頂へ。クーポンが鞄の中に入っていたけど、もはやどうでもよかった。徒歩でも片道2時間半で上れるそうだが、御免被る。




奥之院思親閣。



日蓮お手植杉のうち、立正安国祈念のもの。彼もまた、平和を願った。外敵の脅威も、彼にとってリアリティのあったものだっただろう。実際、蒙古は襲来したわけだし。それを防ぐために法華経を信仰すべし、という彼のメッセージも、かなりの説得力を持ったはずだ。実際、当時においても現在においても、日蓮宗を信じる人たちはたくさんいる。で、現在の世に日蓮がいたら、「憲法9条なんて念仏さ。」とでも言うだろうか?そうは思いたくないものだ。立憲主義は、日蓮の生まれる(1222年)少し前(1215年)、イギリスで欠地王ジョンの暴政を掣肘する大憲章(マグナ=カルタ)の形でその萌芽を見せる。



展望台に行くも、ヤツの姿は確認できず。せっかくここまで来たのになあ。ま、府中からでも見えるけどね。


ロープウェイで下山。


鞄を取り、石段を下りていると、5歳くらいの女の子が自分の脚で上っているのとすれ違った。彼女の往く先は極楽であろう。私を待つものは……。

1200、少し遅れていた身延線に乗り込み、甲斐上野を目指す。

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