2016年8月16日火曜日

天・地・人が交差する ~下諏訪探訪③~



昼食はここ、「神楽」で。


おにぎりセットである「神楽御膳」と、卵かけご飯である「みすゞ御膳」があるが、「神楽御膳」にした。

メニューの隣に写っているのは、「万治の食べ歩きチケット」(500円)で、いろんな店でシールの枚数に応じてサービスが受けられる。既に1枚使ってあるのは、レンタサイクルである。この店に来る前にすぐ近くにある「儀象堂」に返却した際に使った。1枚で2時間無料。秋宮周辺には、観光スポットが徒歩圏内に集中しているので、自転車はこれ以上は不要だ。ちなみに、下諏訪全体でも観光スポットは狭い範囲にまとまっており、観光協会では主要部は徒歩で99分で回れると案内している。


他にも一品メニューがあるのでいくつか頼む。



のっぺいは冷やし汁。美味しいけど、やはり新潟の実家のものにはかなわないかな。実家も割烹を営むプロの味だからなあ。



「食べ歩きチケット」のシールを使って玉子焼。


ワカサギの唐揚げ。


地ものトマトと酢玉ねぎ。私は密かにトマト嫌いなのだが、ここのトマトは旨かった。



総じて満足のいくお店でした。こんなものが飾ってあった。



続いて下諏訪町立歴史民俗資料館。



宿場民家が保存されている。


下諏訪町の公的建物にはこのように観光客が自由に休憩できるスペースが整備されているところが多い。


体重111kgの私が乗ると確実にやばいな。というか、2階にあがるのも大丈夫なのか、床が抜けないかと、古民家では常に心配する。




青塚古墳は諏訪地方で唯一の前方後円墳だそうだが、墳丘の保存状態は良くない。


「今井邦子文学館」はその名の通りの施設。


今井邦子は大正・昭和期の歌人。アララギ派の島木赤彦(彼も下諏訪出身)に師事し、島木の死後は1936~48年に女性だけの歌誌『明日香』を主宰した。


この文学館は、江戸時代の茶屋で、邦子が育ち、『明日香』の編集所となっていた建物を修築・復元したもの。


邦子夫婦の写真。夫は戦前の立憲政友会所属の衆議院議員・今井健彦。なかなかの美男美女に見える。とくに邦子はどの写真を見てもかなりの美貌だ。


邦子は立憲政友会の機関誌『中央新聞』の記者だった経験を持つ。夫とはそこでつながった。


高村光太郎とも縁があるようで、彼は写真のような彼女の彫刻を制作したようだ。実物はどこにあるんだろう?



遺品からはそれなりに裕福な暮らし向きが伺える。


一通り見学した後、ここの管理をしている男性と話す。歴史民俗資料館やここのように、下諏訪のところどころに残る歴史的な建物は、町が買い取り保存しているそうだ。普段は彼のようなシルバー人材センターから派遣された方が管理しているとのこと。ただし、今井邦子は町でも知る人は多くなく、ましてや全国的にはほとんど忘れ去られた存在なので(私も知らなかった)ここは訪れる人は少ないとのこと。下諏訪は上諏訪に比べると観光開発が進んでいないので、観光客数ではやはり後れをとっていると。

私は、観光的に見てもとても良い町だと思いますけどねと、決してお世辞ではなくそう言った。実際、観光客への気の遣い様は、レンタサイクルにしても町内各地の休憩所にしても、決してうるさすぎないが、しかし良く行き届いている。

「この町は山里だけど、各時代ごとにさまざまな顔を見せる、おもしろい場所なんですよ」と彼は言った。これもまたその通りだ。ついでに言うと、歴史だけでなく、地理的にもおもしろい場所である。そう私が話を振ると、そうそう、和田峠とかね、とのお答え。和田峠は下諏訪町の北東にあり、ここで取れる黒曜石が石器の材料として縄文時代に広く流通していたことで知られる。和田峠の名がすんなり出てくるあたり、男性は教育関係者だったのかもしれない。こういう場合、適度に質問するのは相手も喜んでくださるが、あまり細かい質問をすると相手を困惑させてしまうので気を遣う。が、もっと突っ込んでも良かったかもしれない。

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