2017年7月10日月曜日

鳥にしあらねば ~初めての沖縄②~

7日朝。タコライスをアラフォー2人で分け合う。
琉球大学を表敬訪問。
その広大なキャンパスには森と湖がある。友人の自動車に乗る。
嘉数高台公園。沖縄戦の激戦地の1つ。写真だとわかりにくいが、奥のほうに普天間飛行場が見える。
沖縄戦時のトーチカ跡。この狭い入口に入るのは、私の巨躯では無理。
沖縄戦における朝鮮人犠牲者の慰霊碑。
読谷村「Gala青い海」にある「さんご畑」は、さんごの養殖施設である。観光客向けの片手間みたいな施設ではなく、非常に本格的なものであることは、サイトを見てもお分かりいただけると思う。
http://www.sangobatake.jp/category/corals_farm/outline
私は知らなかったけど、ここの代表の金城浩二さんをモデルにした岡村隆史主演・李闘士男監督の『てぃだかんかん』という映画もあるそうだ。

施設はさんごを「育てる」だけでなく、「見せる」ための工夫もしっかりやっている。さんごは夏の満月の夜にいっせいに産卵するのだそうだが、その様子が見られるように水槽には横にも窓がついている。
沖縄はさんご礁に囲まれており、その内側は浅い穏やかな海となっている(イノーという)。そうすると波は低くなり、海岸の岩はこのように下のほうだけが侵食を受ける(ノッチという)。
ここには大河ドラマ『琉球の風』のロケ地跡もある。

恩納村の道の駅「おんなの駅 なかゆくい市場」に移動。
水産物直売所「浜の家」で、「ロブスターうにソース焼き」を注文。ここでは各種うにソース焼きが味わえる。僕は最初ホタテうにソース焼きにしようとしたのだが、待てよ、ホタテは北の海のものじゃないか、せっかく沖縄に来たわけだし、と断念した。ホタテ好きなんだけどね。

で、値段も見ずにロブスターを頼んだのだが、1,500円!味は、まあ、そこそこでした……。

考えてみればですねえ、沖縄には「クーブイリチー」という食べ物があるわけですよ。江戸時代、蝦夷地の昆布が北前船の西廻り海運に乗り、琉球にもたらされてできた料理なわけです。その故事を忘れ、安易に観光客気分に乗ろうとしてしたたかに打たれてしまった。

恩納村の沖縄科学技術大学院大学(OIST)を車内から見学。僕はまったく知らなかったけど、政府からの潤沢な補助金を得て世界トップクラスの研究者が集められているとか。
http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2017051859711.html
施設もいちいち豪華。やっぱりねえ、気持ちよく働くのなら施設が立派なことは重要ですよねえ。
万座毛で有名なアレをみる。ドローンが複数飛び交っている。仕方なし。
名護市の「八重食堂」で昼食。「ソーキソバ(大)」(650円)。スープはこのようにやかんに入って出てくる。各人で注ぐ。素朴な、普段着の味。そして量が多い。大なのだから当然だが。
今帰仁村の「呉我山共同売店」を車窓から見かける。「共同売店」、甘美な響きだ。友人も同じ思いであったらしく、早速自動車を停める。何か特別なものがあるわけでなく、ごく普通の売店だ。こういうのは「食料雑貨店」と言いましてね、私が子どもだった昭和の時代には各処に点在していたものなのです。と、若い読者のために念のため説明しておく。

ちなみにこの「呉我山共同売店」はfacebook ページを持っている。
https://www.facebook.com/gogayama/
沖縄には世界遺産に登録されている遺跡がいくつかある。その1つである今帰仁城跡。

14世紀前半~15世紀前半、琉球王国が統一される前の三山時代の北山の主城である。見るからに難攻不落。ボランティアガイドをお願いしたのだが、彼女の話によると、城内に裏切り者がいて、手薄な場所から敵(初代琉球王尚巴志)を招き入れたために落城したという。霊剣「千代金丸」が城を守れなかったことに怒った北山王が霊石(現存)を切りつけ、城近くを流れる志慶間川に投げ捨てたという。後に発見され、琉球王家に献上されたと言い伝えられており、現在は国宝の指定を受けている。
石垣と向こうに広がる「やんばる」(これは北山の支配領域を意味する言葉だが)のこの風景は、故・筑紫哲也のおすすめの風景であったらしい。時を経て自然に溶け込みつつある人工物みたいな趣がよかったのだろうか。確かにここから見る「やんばる」の奥ゆきは深い。
ボランティアガイドの女性は沖縄の海の美しさに見せられてこの近所の古民家に移住してきた女性だそうだ。それなりの御歳と見えたが、移住してきたのはここ数年だそうだ。今帰仁村の運天港は伊豆大島から源為朝が漂着したという伝説がある。運天港からフェリーで行ける伊是名島はなかなかいいところなのだそうだ。
友人に送ってもらい、北谷町の「テラスガーデン美浜リゾート」にチェックイン。

ここは追加料金(+1,000円)を支払えば部屋を選ぶことができる。私は琉球建国神アマミキヨが最初に光臨したといわれる沖縄最大の聖地の1つ「久高島」を選んだ。
夕食は、ものすごく正直に言えば、さほどの感銘を受けなかった。この滞在中、泡盛は何杯も飲んだが、やはり焼酎の類はあまり得意ではない。しかし、ここで飲んだ「北谷長老」は美味しかった。
宿のすぐ裏にある「アメリカン・ビレッジ」へ。

北谷町美浜に宿を取ったので、アメリカンヴィレッジは訪れるつもりでいた。ただ、私はわざとらしい「観光地」がもともと嫌いである。アメリカンヴィレッジについても、イオンモールが中心になっていていったいどこがアメリカなのか?と正直鼻で笑っていた。

しかも沖縄と言うところは本土人の私が言うまでもなく、アメリカに対する愛憎が、「複雑」などという単純な語彙ではとても言い尽くせぬほどに渦巻く場所だ。さらにここは返還された米軍基地跡という。いったいどういうつもりなのかと、決して好意的ではない疑問符を抱いていた。

ただ、宿でのディナー後に訪れてみて、印象が一変した。まず、ヴィレッジの入口付近で路上ライブに出くわした。路上ライブなんて、東京の例えば吉祥寺などではよく目にする。しかし、どうも印象が違う。どこが違うのか考えたのだが、集まっている人が違うのだ。

ここは地元の人もよく遊びに来る場所だそうだが、周辺にホテルも多く、やはり観光客も少なくないはずだ。東京の路上ライブを見る人は地元に住む人がほとんどだろうから、そこが違う。行きずりの、一期一会の関係性なわけだ。ああ、こういうのは良いなと、そう思った。


街を歩くと、食堂から島唄が聞こえてくる。歌い手だけでなく、客が一緒になって歌っている。カフェではコーカソイドやネグロイドが食事と会話を楽しみ、海岸の防波堤の上では地元の人だろう、若い人たちが群れ座っている。聞こえることばも日本語、中国語、英語などさまざまだ。

「み、民族のサラダボウル……」「こ、これぞアメリカ合衆国!」と思い当たった。そして、これは万国の津梁たる琉球の姿でもあるわけだ。

すばらしい。とても感心した。
部屋に戻り、呉我山共同売店で購入した「おっぱ牛乳」を飲みながら読書。そして就寝。

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